肘部管症候群で神経がダメージを負う機序
肘部管症候群シリーズの続き。といっても今回は受診や入院の話ではなく、調べものの記録。
最初の記事 に書いたとおり、自分の場合は神経が肘のところで圧迫されているのが原因で、手術でその圧迫を取り除くことになっている。それを聞いたときに素朴に思ったのが、原因が圧迫なのであれば、手術で圧迫がなくなった時点で症状もすぐ治るのでは、ということだった。神経が押し潰されて通りが悪くなっているだけで、その押している原因を取り除けば元に戻る、というイメージ。ホースを踏んでいる足をどければ水はまた流れる、くらいに思っていた。
ところが実際にはそうではないらしい。医師からも、症状の改善には時間がかかる、という説明を受けている。なぜすぐ治らないのか、というのが気になったので調べてみたところ、脱髄と軸索変性という言葉に行き着いた。
そこで初めて知ったのが、そもそも神経自体が壊れている、ということだった。通りが悪くなっているだけだと思っていたけれど、圧迫され続けた神経は物理的に傷んでいく。しかもその傷み方には段階があって、どこまで進んでいるかで回復のしかたがまったく違う。だから圧迫を取り除いても、それで終わりではない。それでようやく腑に落ちたので、そのあたりをまとめておく。以下は素人が調べた雑なメモなので、正確なところは専門の情報を当たってほしい。
神経の構造と、髄鞘の役割
まず前提として、末梢神経は軸索という細長い線維が信号を伝えていて、その軸索の周りに髄鞘(ミエリン)という鞘が巻き付いていて、これが信号を速く伝えるのに効いている。
髄鞘が壊れるのが脱髄。伝導速度がガクッと落ちる。
筋電図検査 で測っているのはまさにこの伝導速度で、肘の区間だけ速度が落ちていれば、そこで髄鞘がやられている、という話になる。自分の検査結果が「肘の部分で神経の伝導障害がはっきり確認された」だったので、まさにこれに当たる。
圧迫から脱髄、そして軸索変性へ
調べていて一番なるほどと思ったのが、圧迫による障害が段階を踏んで進む、という点だった。
まず起きるのは血流の問題。神経も生きた組織なので、内部に細い血管が入り込んで酸素や栄養を運んでいる。圧迫されるとこの血流が落ちて、酸素が足りなくなった神経は正常に働けなくなり、信号の出し方がおかしくなる。これが痺れとして感じられる。肘部管を通っているのは小指側の感覚を担当する神経なので、肘で起きた異常が小指の痺れになって出てくる、というわけだ。
この段階では神経そのものはまだ壊れていないので、圧迫が取れれば元に戻る。肘を曲げると小指がジンジンして、伸ばしたら戻る、みたいなのはこのレベルの話だと思う。
圧迫が慢性的に続くと、この血管そのものが物理的に傷んで壁が緩み、水分が神経の内部に漏れ出してくる。しかも神経の内部は水分をさばく仕組みが乏しいので、漏れ続けると溜まる一方でむくんでいく。腫れることで内側からも圧迫がかかって、さらに血流が悪くなる、という悪循環。そして傷んだところを修復しようとする反応が起きた結果、内部に瘢痕組織ができて硬くなってくる。
そのあとに来るのが脱髄。髄鞘のほうが軸索より先にやられる。この時点でも軸索そのものは繋がっているので、髄鞘さえ作り直せば回復する余地がある。
そして圧迫がさらに続くと、最終的に軸索そのものが壊れる。これが軸索変性で、傷んだところから先の軸索が死んでいく。ここまで来ると話が変わってくる。
段階としてはこういう順番になる。
- 血流の低下
- 神経内部のむくみと瘢痕化
- 脱髄
- 軸索変性
自分の症状で言うと、最初は肘を曲げたときだけ痺れていたのが、そのうち曲げなくても常時痺れるようになり、さらに前腕に力が入りにくくなって食事もとりづらくなった、という経過をたどっている。だんだん進んできているのは間違いなさそうだ。
ただ、筋肉がやせる、いわゆる筋萎縮はいまのところ出ていない。筋肉は神経から信号が来なくなると徐々にやせていくので、目に見えてやせてきたということは軸索がかなり死んでいる、というサインになる。それが出ていないので、一番進んだ段階まではまだ行っていないのだろう。とはいえ痺れが常時あって力も入りにくいわけで、軽いということもなさそうだ。
手術してもすぐ治らない理由
で、本題。なぜ圧迫を取っても即座に治らないのか。
上の段階に対応させると、話は分かりやすかった。
血流が落ちているだけの段階なら、すぐ戻る。 血流が回復すれば終わりなので、圧迫を取った直後に症状が軽くなることがある。ただし症状の原因は血流だけではないので、これで全部が消えるわけではない。
むくみは引いていく。 圧迫がなくなれば血管も落ち着いて、それ以上漏れなくなるので、溜まっていた水分は徐々に吸収されて腫れは引く。ただし瘢痕組織のほうは、一度できてしまうと元には戻らないらしい。
脱髄まで進んでいると、髄鞘を作り直す時間が要る。 圧迫を取り除いても、剥がれた髄鞘がその場で生えてくるわけではない。髄鞘が巻き直されるのを待つことになって、これにかかる期間は数週間から3ヶ月程度。巻き直されて初めて伝導速度が戻る。軸索は無事なので、この段階までなら基本的にはちゃんと治る。
軸索変性まで進んでいると、話がかなり厳しい。 死んだ軸索は、神経の細胞体側から伸び直してくるしかない。この伸びる速度がおよそ1日1mmとされていて、尺骨神経だと1.5mm/日くらい、という数字も見かけた。肘から手の筋肉までの距離を考えると、単純計算で何ヶ月もかかることになる。しかも間に合えばいい、という話でもない。軸索が伸びていく先の通り道は時間が経つと塞がっていって、猶予はおよそ24ヶ月とされている。さらに厳しいのが筋肉側で、神経が繋がらないまま放置された筋肉は痩せて硬くなっていき、機能が戻るのは12〜18ヶ月くらいまで、という話をよく見かけた。要するに、軸索が伸びるのを待っている間に、受け入れ先のほうが先に駄目になっていく。
つまり、ホースを踏んでいる足をどける、というイメージが間違っていたということになる。実際には、踏まれていた期間に応じて神経そのものが傷んでいて、足をどけた後にその修復が始まる。しかも髄鞘までで済んでいるのか、軸索まで達しているのかで、修復にかかる時間も、元通りになるかどうかも変わってくる。
「治療の効果は軸索の障害が出てからでは期待しにくい」といった趣旨の記述をいくつかの資料で見かけたし、萎縮や筋力低下、鷲手変形があると予後が悪い、という話もあった。早期の診断と治療が大事、と言われるのはこういうことか、と納得した。
調べてみて
結局のところ、手術でできるのは圧迫を取り除いて、それ以上の進行を止めることであって、すでに壊れた部分の修復は身体側の時間のかかる仕事、ということらしい。医師から手術後すぐには治らないと言われたときは正直あまりピンときていなかったのだが、こうして中で何が起きているのかを知ると、時間がかかるという説明の意味が変わって聞こえる。
早期の診断と治療が大事、という話が出てくるので念のため自分の場合を確認しておくと、症状に気づいてから手術まで4ヶ月かかってはいる。ただ、痺れを感じてすぐにクリニックには行っているし、4ヶ月の中身は、診断がつくまでと、筋電図やMRIの予約待ちと、手術の順番待ちで、要するに医療側のリードタイムだ。自分の側でこれ以上早く動きようがない。筋萎縮も鷲手変形も出ていないことを考えると、むしろ十分早いほうなのだと思う。
手術後の経過については、また記事にする予定。実際にどのくらいの期間で、どこまで戻るのか、自分の身体で確認することになる。
参考にした資料。
- Ulnar Neuropathy - StatPearls (NCBI)
- Neurapraxia - StatPearls (NCBI)
- Pathophysiology of nerve entrapment - Wikipedia
- Peripheral Neurological Recovery and Regeneration - PM&R KnowledgeNow
- Ulnar Nerve Mononeuropathy at the Elbow - PM&R KnowledgeNow
- Biological Response of Peripheral Nerves to Loading (NCBI)
- Peripheral Nerve Reconstruction after Injury: A Review of Clinical and Experimental Therapies
- 肘部管症候群 - 日本整形外科学会